「ボクはやっと認知症のことがわかった」の著書から認知症者の気持ちを疑似体験し、共に生きる方法を学びます

ボクはやっと認知症のことがわかった

 「ボクはやっと認知症のことがわかった、自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言」の著者は長谷川和夫先生です。長谷川式認知症スケール(HDS-R)を作成した先生と言えば、日本で知らない医療関係者はいないと断言しても良い程有名な先生です。その認知症界の大先生が2017年に自らが認知症であると公表し、認知症になってからの体験や思いを綴られたのが本書です。自分が認知症になって初めて気づいたこと、認知症者はこうしてもらえると嬉しいことを客観的かつ具体的に書かれています。著者は初期の段階から認知症であることを受け入れているため(内心は様々な葛藤があったでしょうが)、すべての人が著者のように行動できるものではないかもしれません。それでも認知症者の内面をここまで客観的に描いた書籍はあまり見かけませんので、本書で認知症者の気持ちを疑似体験し、認知症者と共に生きる方法を学びたいと思います。

認知症者は身体や心の具合によってよくも悪くもなる

 本書で一番心に残ったのは「そのときどきの身体や心の具合によって、認知症はよくも悪くもなる」という言葉です。著者は、朝起きたときは調子がよいのですが、だんだん疲れてきて、夕方になると混乱が強くなります。しかし一晩眠るとすっきりして、また新しい自分が甦ると述べています。これは病気にかかっていないヒトと同じで、調子の良し悪しが時間帯や身体の疲労状態で変動していることを示しています。一度認知症と診断すると、そこをスタートラインと受け止めて、調子の悪かった時の話ばかりを聞いていたかもしれません。もしかすると調子が良く非常に活動的だった日もあるのかもしれません。このエピソードを知ってから、1日の中で調子の良い時間、元気になる場所やイベントはないかを意識して聞いてみるのが良いと感じました。もしその条件が見つかれば、その時間を増やすように働きかけることも可能だと思いました。

認知症者は出来事を忘れてもその時の感情を忘れない

 認知症者は最近の出来事を次々と忘れていきます。しかしその出来事を忘れても、その時に抱いた感情は持ち続けると言われています。つまり出来事記憶は障害されても、感情面の記憶は残存しています。例えば、「財布を盗まれた」と訴える認知症者に対して、家族がいつものことだとおざなりな対応をとった場合、財布の件は忘れてしまいますが、家族からバカにするような態度をとられ悔しかったという不快な感情は残ってしまいます。その時以降から、家族のことを信頼できない相手と捉え、介護に抵抗する、怒鳴り散らすなどの問題行動に発展するケースがあります。著者は存在を無視されたり、軽く扱われたりしたときの悲しみや切なさは、認知症者であろうとなかろうと同じであると述べています。これは当然のことなのですが、認知症者と四六時中一緒に暮らしているとつい感情的な対応をとってしまうことがあります。これはヒトとして避けられない感情であると私は考えます。ですので、その時は介護保険のデイサービスやショートステイを利用して、認知症者と距離をとる時間を作ることをオススメしています。

「笑う」「褒める」「安心」が認知症者の心の支えになる

 著者は繰り返し認知症者に線を引いて特別扱いしないことを勧めています。気を使いすぎて腫れ物扱いする、介護者が身の回りのことをすべてやってしまうことは、認知症者にとって孤立感を深める要因になっています。もちろんできないことを無理にやらせることは自信喪失を深め逆効果です。認知症者にはできるだけ同じ態度で接し、「何かあっても自分達がついているので安心してください」という言葉を伝えます。認知症者は「できなくなった自分」に対して常に不安を抱いているため、この言葉はとても励みになります。そしてうまく言った時に「褒める」言葉を伝えることで大きな自信とコミュニティーの所属意識を得ることができます。「自分がここにいて良い」という所属意識を持てば、自然と笑顔になり、より積極的に行動するようになります。著者は「褒めることを忘れないで欲しい」「認知症の人と接するときは、笑いを忘れないで欲しい」と心構えについて話し、「大丈夫ですよ、私たちがそばにいますから安心してください」と声掛けして欲しいと実体験から述べています。

 他にはデイサービスにある入浴サービスで「お風呂で身体を洗ってくれて、さっぱりしてじつに気持ちがいい。王侯貴族のような気分です」と語られており、このような解釈をする方もいるのだなと思いました。お風呂で体を洗われるのを嫌がるヒトには今度「王様の気分を味わえますよ」と勧めてみようと思いました。

 一方、自動車の運転については厳しい考えを持っています。何事にも寛容な著者が「クルマの運転は決してやってはいけないこと」と明言しています。自動車がなくても生活に困らない街づくり、自動ブレーキや踏み間違い時の加速抑制装置がついた「安全運転サポート車」のみを運転できる限定免許の導入についてすすめています。自動運転システムが発展すればこの問題もいつか解消されていくのでしょう。  

 本書は自分が認知症を発症した時の体験、思いを客観的に書かれています。「ショックじゃなかったといえば噓になるけれど、なったものは仕方がない」という実に冷静な対応です。ご本人を支える方も非常に暖かく協力的です。また宗教や芸術、絵本作製の話題があり、認知症を発症した後も精力的に活動されています。読者全員が著者のような心境に至れるかは分かりませんが、少なくとも認知症者が何を感じ、どのように接してくれれば嬉しいかを率直に語られていますので、認知症者と普段接する方が読むと新たな気づきが得られると思います。

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yshima脳神経内科医
認知症専門医の資格を持つ脳神経内科医です。 神経内科専門医・指導医、総合内科専門医・指導医、認知症サポート医。 M.D., Ph.D.