医師に学位(博士号)は必要か?メリットとデメリットを解説します

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 学位(博士号)は専門医資格以上に必要性が疑問視されています。学位を持っていて役立ったことがあるかと問われれば、ほとんどの医師は臨床業務で必要性を感じたことは一度もないと答えるでしょう。ただし臨床の場では無意味な「学位」も学問の場では役立つことがあります。例えば新たな知見を発表する、投稿する時に「学位」を持っていると、その主張に説得性を与える場合があります(ただし新しい知見と学位論文のテーマが同じ場合に限ります)。つまり学位は学問の場、専門医は臨床の場で効果を発揮する資格と解釈するのが良いでしょう。結論を述べると、学位は大学に所属し研究(基礎研究・臨床研究とも)を続ける医師は持っているのが望ましいと言えます。今回、学位取得のメリットとデメリットを解説します。なお目次にある「私が学位を取得した経緯」は私の大学院時代の体験談ですので、飛ばして「学位取得のメリット」から読んでも構いません。

私が学位を取得した経緯

 私は神経内科専門医を取得した後、大学院に入学して、学位論文を完成させて学位を取得しました。当時私は学位を取りたかったというよりも大学院に入りたい気持ちの方が強かったと言えます。理由は神経内科専門医を取得した後も自分が何を目指したいのか決めかねていたこと、臨床業務に変に慣れてマンネリ化を感じていたこと、当直・救急業務に疲れを感じていたことが挙げられます。一度視点を変えて臨床を見直してみたいというのが本音でした。そのため大学院に入学した動機は他の入学希望者に比べてやや不純だったと思います。

 大学院に入学するためには教授から許可をもらい試験を受ける必要があります。幸い大学院入学に関しては前向きな医局でしたので希望はすぐ通りました。試験は英語論文の読解と専門分野の筆記でしたが、学内受験の場合はよほどの失敗をしない限りはそのまま通る形式的なものでした。研究テーマに関しては悩みましたが、どうせ学ぶのなら外の環境でやりたいと思い、所属大学にはない研究分野を希望しました。この希望も叶えられ国内留学する方向で大学院生活が始まりました。

 ただし1年目から留学できたわけではありません。大学院1年目は外病院で臨床業務をそのまま行っていました。つまり大学院で授業を受ける、実験方法を学ぶことは全くありませんでした。当時は大学院に入学しても2年間は臨床業務を続けることが当たり前のことでした。

 2年目は大学に戻ることができましたが、2年目も病棟で患者を受け持ち、外病院の外来を行っていました。空いている時間に大学院の講義を受け、大学の基礎分野の教室に出向き実験の手ほどきを受けました。大学院生として生活できたのは1日の午後からがほとんどで、実験器具の扱い方や遺伝子解析の方法を学ぶのに精一杯でした。基礎教室からテーマを与えられましたが、関わったのは1年間だけだったためほとんど進めることができず、指導してくれた先生に何も返すことができなかったのが心残りでした。2年目は講義の単位取得と実験手技を学ぶことで終了しました。

 3年目にようやく国内留学を行いました。留学先の大学で細胞実験を初めて教わりました。プライマリーカルチャーと標本の染色・固定法を学び、顕微鏡で細胞を観察できるようになりました。ラットの組織切り出しや灌流固定法なども教わり、3年目は技術の取得に夢中になる時期でした。指導してくれた先生が優しく丁寧に教えてくれたのもモチベーションアップに繋がったのだと思います。この時期は休日も研究室に行き実験をどんどん進めていました。

 ここで問題になったのは3年目から収入が0になったことです。1年目は外病院の給与があり、2年目も非常勤医師として給与をもらえていました。3年目は収入のツテが全くなくなったため、留学先の大学に関わっている「民間医局」を利用してアルバイトを始めることにしました。アルバイトに時間をとられて研究ができなければ本末転倒なため、療養型病院の当直バイトを週1回だけ行うことにしました。収入は大幅に下がりましたが、貯金はありましたのでそこから支出することにしました。

 また大学院の授業は2年目でほぼすべての単位をとりましたが、どうしても足らないものに関しては3年目にレポートを提出して単位をもらいました(この辺りは国内留学をすることが分かっていたので事前に情報を集めて、出席点が足らなくてもレポート提出で許される科目を選びました)。

 3年目の冬頃から学位論文を書き始めました。幸いメインとしていた研究テーマに結果が出たので論文作成と実験を同時進行で行うことができました。論文については指導の先生にほぼ頼る形となりました。不甲斐ない話ですが一から自分だけで作成していたら半年で完成させることはできなかったでしょう。この辺りは2年の留学期間で研究成果を出して論文をacceptさせなければならないという事情を汲んでくれたのだと思います。本当に指導してくれた先生方には感謝しきれません。

 4年目の秋の終わりに論文を投稿し、2月に論文のreviseがきました。rejectではなかったため安堵感でいっぱいでした。あとは追加実験を行い、質問に答えて再提出することになります。当初楽観ムードだったのですが、追加実験の結果でreviewerとの解釈違いがまとまらず、3月までにすべてを終わらすことが難しくなりました。

 大学院は4年目の3月に単位取得退学となりました。しかし学位審査は退学後1年以内なら申請可能のため5年目まで猶予があります。5年目の4月から医局に戻り勤務を再開し、時々留学先の大学に赴いて実験と論文投稿の相談を行うことになりました。医局は論文revise中ということもあり、留学先の大学へは出張扱いとして協力してくれました。

 何回かのreviewerとのやり取りを経て、5年目の6月に論文がacceptされました。この知らせを聞いたときは本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。しかし次は学位審査の申請手続きです。この手続きがまた複雑かつ時間がかかります。審査員になる先生への挨拶と学位論文の説明のため面会の予約を行い、内容に不備がないよう申請書類を何回も校正します。副論文が必要であることにも注意です。審査対象になるかを慌てて確認しました。学位審査のための学術集談会では審査員から事前に打ち合わせをしていた質問をされますが、1つだけ初めての内容を質問され、内心動揺しながら答えました。学術集談会終了後に審査員の先生と面接を行いますが、今回の質問内容を書面で渡すだけなので和やかな雰囲気のまま終了しました。よほどの不備がない限り審査は通るのでこれで一段落です。5年に至る研究生活は終了し、無事学位を取得しました。

学位取得のメリット

 学位取得のメリットは以下が考えられます。

  1. 自分の興味分野を見つける、再確認できる
  2. 研究を通して新しい視点で疾患を見ることができる
  3. 基礎領域の先生と顔つなぎができる
  4. 論文を読む、書く時に方法や統計の原理が理解しやすくなる
  5. 学位を持っていると病院採用時や研究資金申請の際に有利になるかもしれない

 1は研究をすることで疾患をより深く知ることができ自分の得意分野を作ることができます。大学院での研究テーマがその後の自分の専門分野になる先生も多いと思います。私の場合は直接的なテーマではありませんでしたが、その後も時々研究を行い、認知症を専門にしようと決断できました。大学院に入っていなければその心境には至らなかったと思います。自分の得意分野・専門分野を作るという意味では学位取得は良いきっかけになります。

 2は疾患を組織、細胞、分子、遺伝子レベルで見る機会が増えますので、疾患を広い視野で見る能力が身につきます。臨床では症候ばかりに目をとらわれがちですので、新しい観点を身につけるのに良いきっかけになります。

 3は基礎研究を行う場合は基礎分野の先生から指導を受けることになります。ここで培った人脈は大変貴重です。臨床に戻った後も方法論や統計などでアドバイスをもらえる機会が得られます。

 4は実験を自分で行い学位論文を書きますので、その後論文を読む、書く際に方法や統計処理を理解して進めることができます。

 5は大学で役職につく場合は学位を持っていることが必須になるケースがあります。一部の病院では給与が上乗せされるところもあるようです。また、研究資金を調達する際に申請するテーマと同じ学位論文があると有利に働くかもしれません。ただ研究をすることなく外の病院で臨床だけをやる場合は恩恵を感じることはなさそうです。

学位取得のデメリット

 ここでは学位取得だけでなく大学院に入るデメリットまで広げます。

  1. 指導先によっては学位取得できず終了する場合がある
  2. 収入がゼロになる場合がある
  3. 臨床よりも成果主義が強いためプレッシャーで潰れる場合がある
  4. 臨床だけをする場合は箔付け以上の利点を見いだせない

 1は指導を受ける先を慎重に選ばないと学位論文が未完成まま大学院を終了する可能性があります。大学院生の最終目的は学位をとることですので、これが果たせないと何のために大学院に入学したのか分からなくなります。論文博士と呼ばれる論文を提出することで学位を取得する方法もありますが、できれば大学院卒業に合わせて学位をとりたいところです。臨床医と基礎領域の先生とでは教育スタイルが異なりますので、うまく合わせられず悩む場合があります。最悪の場合関係がこじれて冷たい対応や放置を受け、研究どころではなくなるケースがあります。

 2は学生に戻るためその間の収入がなくなります。医局によってはアルバイトを斡旋してくれる場合もありますが、留学した場合は自分で仕事を見つける必要があります。大抵の場合はアルバイトをしても収入が大幅に減るため、貯金を切り崩すことになるでしょう。

 3は、基礎分野の成果は論文と研究費の調達のため、臨床医の時よりも成果を強く求められます。どれだけ知識や意欲があってもこれらができないと認められません。学位論文は大学院卒業+1~2年までに完成する必要があります(大学院によって条件は異なります)。研究が1回で成功すれば良いのですが、何度も失敗し、場合によっては研究テーマを変えざるをえない事態になった時、締切のプレッシャーは相当なものです。人によっては病んでしまう場合もあります。指導先の中には、興味のある分野で研究したいと思っても、学位論文の保険のために先に小さな論文を書いてから、本命の研究にとりかかるよう促すこともあります。研究は成果が出ないことも当然ありますので、指導先の先生や医局の上司と綿密に進捗状況を相談する必要があります。

 4は臨床業務を中心にしている場合、直接的なメリットは見い出せません。履歴書や業績に箔をつける程度になります。大変な思いをして学位をとった割に返ってくる恩恵がないため、他に実績になる目標があるのならそちらを優先した方が良いと言えます。

 以上、学位取得のメリットとデメリットを紹介しました。個人的には学位取得の直接的なメリットは実感しませんが、学位を取得したことについては良かったと感じています。最終的に興味を持つ専門分野を見つけ、疾患を見る視野も広がりました。私の場合はかなり綱渡り的な取得でしたが、今はもっと環境が良くなっていると思います。若手医師には大学院に入ることを勧めています(ただし指導先の情報収集はしっかりやってください)。一方で、4年間仕事から離れ学生に戻りますので収入が大幅に減ること、基礎分野の先生との人間関係に戸惑うことがあること、学位論文完成のプレッシャーが強いことを認識する必要があります。メリットとデメリットをよく吟味し、大学院入学、学位取得を検討してください。

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認知症専門医の資格を持つ脳神経内科医です。 神経内科専門医・指導医、総合内科専門医・指導医、認知症サポート医。 M.D., Ph.D.