「「脳コワさん」支援ガイド」を読むと高次脳機能障害のある人の苦しみが分かりにくい理由に気づきます

脳コワさん支援ガイド

 本書は「脳コワさん」=高次脳機能障害や精神症状を持つ人の苦しみとコミュニケーションが難しい理由について体験談をまじえて紹介しています。著者自身も脳梗塞を患い、高次脳機能障害を発症しているためその思いは切実かつ説得性があります。

 著者は人の心を風船に例え、ポンプから送り込まれる空気が事象に対する感情としています。「脳コワさん」はその風船がすでに8割近く空気(感情)が溜まった状態で、送り込まれる空気(感情)も大ポンプから注入されるような大容量のため、いつ破裂してもおかしくない状態になっていると比喩しています。つまり健常な人にとっては些細な出来事でも、「脳コワさん」にとっては対応できるだけのキャパシティ(容量)がないため、すぐにオーバーフローを起こしてパニックになると解説しています。そしてこのことを言葉で説明するのが難しく理解もされにくいと述べています。まずこのことを援助者(プロの援助職だけでなく、家族や仕事仲間、友人)に理解してもらい、「脳コワさん」のペースに合わせた対応をして欲しい(話が終わるまで遮らずに待って欲しい)としています。「脳コワさん」も「頼ることで楽になる」「自分の苦しみを開示したほうがよい」というモチベーションを持ってもらえると、「脳コワさん」と援助者双方の心が楽になり関係性が向上すると述べています。本書は様々な「脳コワさん」の症状について紹介されています。本記事ではコミュニケーションを中心に「脳コワさん」が抱いている悩みについて解説します。

著者の高次脳機能障害

 タイトルにある「脳コワさん」とは、脳外傷や脳卒中による高次脳機能障害だけでなく、うつ病・双極性障害・統合失調症などの精神疾患、認知症、発達障害等、「病名や受傷経緯などが異なっていても、脳に何らかのトラブルを抱えた当事者」と定義しています。著者は2015年に右アテローム血栓性脳梗塞を起こし、高次脳機能障害を発症しました。見た目からは障害があるようには見えないそうですが、以前のように会話ができない、人の話を聞き取って理解することができない、自分の伝えたいことを上手に相手に話せない、ちょっとした刺激や変化で感情が爆発する、パニックになる症状が残りました。障害名は注意障害、感情失禁、感覚過敏、構成失行など様々な名前がつきました。この一言で表しにくい高次脳機能障害を相手に説明する、理解を得ることに当時相当苦慮されたそうです。

言語コミュニケーションに必要な能力

 「脳コワさん」は以下の3つの言語コミュニケーション能力に問題が生じています。

  1. 相手の話を聞き取る能力
  2. 自分の意思を伝える能力
  3. 言葉のキャッチボールをする能力

 1の「相手の話を聞き取る能力」はワーキングメモリが関係しています。ワーキングメモリとは暗算や電話番号を覚える時に使う一時的に記憶を蓄える領域のことです。「脳コワさん」はそのワーキングメモリの容量が大きく減っています。健常人はワーキングメモリを使って最初の話を覚えたまま次の話を聞いて内容をまとめることができます。しかし「脳コワさん」は話を聞いても聞いた端から忘れていきますので、次の話を聞くときには前の話を覚えておらず、話についていけず混乱します。そのため援助者は一度に話をするのではなく、内容をシンプルにして短くゆっくり話すことが求められます。

 2の「自分の意思を伝える能力」は先程述べた風船のように「脳コワさん」は常に感情の嵐に見舞われています。些細な刺激に対しても過敏に捉え、適切な感情で意思を伝えるのが難しい状態になっています。そのため「脳コワさん」が話をしている時は、話が終わるまで遮らずに聞き、不意な質問をしないように注意します。発言を遮られると前に話していた内容を忘れてしまい続けることができなくなります。突然涙ぐむ、怒りの感情を爆発させることもあります。これは感情が我慢できないのではなく、我慢できない程のサイズの感情が発生しているからと説明しています。本人には制御困難な感情の嵐のため、刺激の少ない環境に移動する、感情の量が減少するまで待つなどの対応が必要になります。

 3の「言葉のキャッチボールをする能力」は思考スピードが遅く、適切な相槌や返事が入れられない、言葉に適切な抑揚がつけられず、能面で棒読みのような話し方になってしまいます。会話中適切な表情で反応することができない状態です。上記の「聞き取れない」「適切に話せない」症状が改善しても、更に回復するまでに時間がかかる症状です。対応は「一緒にメモをとって確認しながら話す」「言葉にしづらいことを問い詰めず待つ」姿勢が大事です。

著者が「苦しい」と言えた人の特徴

 「脳コワさん」は「苦しみ」を打ち明け、受け入れてくれる援助者がいれば、大きな救いになります。著者が「苦しい」と言えた人の特徴は以下の4つです。

  1. 全肯定のスタンス
  2. 待ちのスタンス
  3. 当事者の尊重
  4. 小さな「当事者性」を感じられる人

 1の「全肯定のスタンス」とは「苦しみ」の訴えを全面的無条件に受け入れてくれる人です。全肯定で受け入れてもらえるとどんな薬よりも気持ちが楽になると述べています。励ましのつもりでも苦しさを否定されると以後頼れなくなります。「よくできています」という言葉は「できない」ことで悩んでいる当事者にとっては、自己否定された思いになります。励ましの言葉でよくある「みなさん、なかなかこうはいかないんです」「そのぐらいの失敗なら、みんなしたことがありますよ」「その程度で済んでよかった」は「もっと悪い人もいるから苦しいと思うな」と解釈すると残酷な言葉であると気付かされます。

 2の「待ちのスタンス」は遮らずに聞く、問い詰めない、自分の言葉に言い換えない、こちらの言葉が出てくるまで待つというコミュニケーションスタイルが援助職に求められています。

 3の「当事者の尊重」は1と2より高度な対応になりますが、病前の自分を聞き取り、病後の残っているパーソナリティに語りかけてくれた人、つまり当事者の人生を理解した上で、できると判断して課題や援助を与えてくれた人です。

 4の「小さな「当事者性」を感じられる人」はちょっと頼りない、目を合わせない、赤面しやすくどもりがちな人なら同じ悩みを持っているのではないかと親近感を持ち、「自分の苦しみを分かってくれるかも」と考えたそうです。「頼りない」はネガティブなイメージを持ちますが、「脳コワさん」は苦しみを共有できる人を強く求めている表れなのかもしれません。

「苦しい」の声が無視・軽視されることのない世界

 著者は「脳コワさん」が「苦しくなくなること」を最優先にして欲しいと援助者に求めています。そして「脳コワさん」は援助者に相談するとき、「自分は▽▽障害だから」ではなく「自分は〇〇が苦手で」に変え、「配慮してください」を「〇〇してくれると、楽になります、やれることが増えます」と具体的に困っていることを求めれば、援助の手が増えることを述べています。ただ「脳コワさん」にとっては困っていることを言語化するのが難しいため、プロの援助職が当事者の見えない苦しさを想像して受け入れ、当事者を取り巻く多くの援助者にその思いを共有して欲しいと考えています。

 本書は「楽」になるまでの8つのステージや「脳コワさん」支援の「4つの壁」など「苦しみ」から脱却する過程について実体験をまじえて解説しています。援助職の方がつい習慣的に行っている発言や行動が実はNGだった発見もありますので、介護を行っている方にオススメしたい一冊です。

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yshima脳神経内科医
認知症専門医の資格を持つ脳神経内科医です。 神経内科専門医・指導医、総合内科専門医・指導医、認知症サポート医。 M.D., Ph.D.