「認知症の人がさっきも言ったでしょと言われて怒る理由」は認知症予防を否定し認知症に備えることを重視している

認知症の人が「さっきも言ったでしょ」と言われて怒る理由

 本書は「認知症を予防する」ことに否定的なスタンスを持ち、「認知症とともに人として生きる」ことが重要としています。著者も「耳触りのいい話ばかりではありません」と記載している通り、従来言われている認知症対応法に反対の意見を述べている部分があります。著者は「認知症を予防する方法はない」というスタンスをとり、これは現在医学的に保証された認知症の予防法がないからと述べています。効果が必ず保証されていないにもかかわらず予防法を提示することで、認知症の人が「嫌だけど続けなければならない」「やらなければ悪」と思い込むことを懸念しています。著者は認知症予防よりも認知症と共にどう生きるかに注目すべきだと主張しています。本記事でポイントを解説します。

「予防」よりも認知症になっても良い「備え」をする

 本書は認知症予防に関して否定的ですが、すべてを否定しているわけではなく、抗認知症薬や抗精神病薬についてはエビデンスがあるため使用に肯定的です。一方、脳トレ・サプリメント・アロマなどの認知症予防グッズについては根拠がない理由で一貫して否定しています。認知症予防グッズよりも「認知症になる備え」のためのものを作って欲しいと考えています。予防法の話をすると「認知症になりたくない」「認知症になったらそれ以上進行させたくない」という考えに取り憑かれてしまい、その後「認知症になる」または「認知症が進行する」とその後の人生が真っ暗なものになります。まず「いまの自分の認知症の状態を理解すること」が大事で、予防ではなく「認知症になる前からの準備」「認知症になったときのための準備」を始めることをすすめています。

認知症になってもしょうがないといえる社会

 「(認知症を)これ以上進ませないようにしてよ」と言われたとき、実際にどう答えれば良いのかという問題がでてきます。筆者もその場の空気を読みながらという前置きを入れ、「何をしようが認知症は進む。薬で進行の速度は緩められるかもしれないけれど。自分の認知症について考えることで、これからの人生が好転すれば、いいですね」と答えています。「認知症になってもしょうがない」という気持ちを受け入れられる自分と社会が大事と考えています。まずは自分の記憶のしづらさを知り、その上で暮らしの工夫を考えてもらいます。「無条件に楽しいことが見つかれば、そちらの方に大切な時間を使って欲しい」と述べています。

 著者は、認知症対応について予防よりも生活支援を重視していることが分かります。物忘れ外来、認知症外来では診断確定後に、病名告知、抗認知症薬の説明、生活指導、生活支援(介護保険申請など)を行います。生活指導では認知症の発症リスクになるものについて話をします。その際、どのような生活が望ましいかを説明しますが、本書では予防の話を避け、認知症の理解、受け入れを促しています。この話をするタイミングは、筆者も述べているように信頼関係がある程度構築されてから行う方が良いかもしれません。

認知症は「物忘れ」ではなく「記憶のしづらさ」

 著者は認知症の記憶障害を「物忘れ」ではなく「記憶のしづらさ」と表現することを主張しています。ここでの「物忘れ」は「1回覚えたが思い出せない」レベルでいわゆる「健忘」を指しているものと思います。「健忘」はヒントを与えると思い出せるため、加齢による症状と捉えています。一方、認知症の記憶障害は「覚えた」ことも忘れているため、「思い出す」ことはできません。「物忘れ」だと「頑張れば克服できる」という誤った思い込みをして、脳トレドリルを頑張って解くも段々できなくなる苦しみを経験する危険があります。そのため「物忘れ」よりも「記憶のしづらさ」と表現する方が良いと述べています。

 また本書のタイトルにある「さっきも言ったでしょ」と言われて怒る理由は認知症の記憶障害による誤解から生じています。認知症の人は情報を入力しても定着する容量がほとんどありません。そのため思い出すことはなく、「初めて聞いたことなのになぜそんなことを言われるのか」と憤ります。記憶力を高めようと訓練しても、できないことを突きつけられ落ち込むことになります。記憶力を良くすることではなく、「記憶のしづらさ」をどう補えばよいか対処することが重要です。

 本書は著者の経験談をまじえて認知症の対応を解説しています。「認知症は病識がないは嘘」「暴言、暴力、BPSDの言葉は使わない」「パーソン・センタード・ケアの危惧」などのエキセントリックな主張もありますが、「訪問診療で出会った母娘」のような泣かせるエピソードも書かれています。認知症予防で舵取りしている世界に一石を投じ、「認知症とともに生きること」を重点に置いた本書は今後の認知症診療を考える上で新たな気づきを与えてくれました。

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yshima脳神経内科医
認知症専門医の資格を持つ脳神経内科医です。 神経内科専門医・指導医、総合内科専門医・指導医、認知症サポート医。 M.D., Ph.D.