認知症事故訴訟の衝撃を経て、認知症者と介護者を守る制度が少しずつ出来上がっています

認知症介護

 認知症に関わる裁判で大きな反響が起きたのはJR東海による認知症事故訴訟です。認知症者の事故により介護者が賠償責任を問われる裁判は各界で大きな反響を呼びました。結果は最高裁で「介護者の賠償責任はない」との判決になりましたが、これをきっかけに認知症に関する様々な社会問題がクローズアップされました。また介護者の子供が認知症の母親と無理心中を試みた痛ましい事件もありました。認知症者だけでなく介護者も救済されるセーフティーネットの構築が急がれます。現在、自治体主導で、介護者だけが認知症者に関わるのではなく、地域全体で認知症者と向き合う方向で動いています。ただいくら地域で見守りましょうと言っても、具体的なアクションがなければ綺麗事の提言で終わってしまいます。今回は地域が認知症者に関わるため、実際に行われている取り組みについて紹介します。

認知症関係者に衝撃を与えた認知症事故訴訟とは

 2007年12月7日、愛知県大府市で徘徊症状のある男性が電車にはねられ亡くなりました。男性は当時「要介護4」の認定を受けていましたが、同居していた当時85歳の妻が目を離したすきに男性は外出していました。事故後、JR側が「運行に支障が出た」として 遺族に720万円の支払いを求めて提訴しました。一審、二審は遺族の賠償責任を認める判決でしたが、2016年最高裁は「家族に賠償責任なし」とJRの請求を退ける逆転判決を下しました。

 この判決により介護者がこれ以上の不利益を被らなかったのは喜ばしいことです。しかし注意が必要なのは今回、主介護者の妻も高齢かつ要介護1である点が加味されて「監督義務責任はない」としているところです。もし主介護者がもっと若く生活能力が高ければ監督責任を問われていたかもしれません。家庭環境を考慮した柔軟性のある判決については評価できますが、今後同様の事故が起きた際、介護者の責任が全く問われない保証はどこにもありません。更に今回は企業と個人で行われた裁判でしたが、もし個人間で相手側が被った場合、認知症を理由に被害者は泣き寝入りをするしかないのかという問題が新たに出てきます。

 本裁判は各業界に大きな反響を呼びました。認知症介護に関われば関わる程、監督責任が問われるのなら、認知症者から距離をとろうとする考えに至る可能性があります。更に事故防止のため部屋に閉じ込めてしまおうという極論に陥りかねません。これは認知症者との関わりを個人に限定する考えから生じています。現在、自治体主導で認知症者と介護者を守る制度が少しずつ出来上がっています。地域が認知症者に関わるために行われている取り組みについて紹介します。

認知症「神戸モデル」は認知症診断助成制度と事故救済制度を組み合わせた画期的な試み

 現在、日本で認知症対策で最も先進的なものは2019年4月より始まった神戸市の認知症「神戸モデル」です。このモデルは65歳以上の高齢者に認知機能検診の通知を送り、最初に検診を受けてもらいます。次に認知症疑いが出た場合は精密検査を受けてもらい確定診断をつけます。これらにかかる費用負担は認知症診断助成制度によりゼロです。次に認知症の診断を受けた対象者は賠償責任保険に加入し、何らかの損害を与えた時は最大2億円の賠償金(賠償責任がある場合)と最大3千万円の見舞金(責任所在関係なし)が支払われる仕組みとなっています。賠償責任保険の保険料も負担ゼロです。これらの財源は市民1人辺り年400円の負担で賄うようになっています。現在1年で賠償責任保険1件と見舞金2件の報告があります。飲食店で座席を汚損し、138,632円賠償したもの、他人の自転車を持ち帰って損傷を与えた件で15,392円の見舞金がでたもの、自宅で転倒しガラス扉を割った件で9,720円の見舞金が支払われています。第3者への損害だけでなく自宅の損害も見舞金の支払い対象になっているのは興味深いです。今後更に利用者数が増えていくと思われます。

 現在、神戸市以外にも賠償責任保険を開始している自治体があります。神奈川県大和市、海老名市、愛知県大府市、みよし市、東京都葛飾区などです。いずれも本人の負担金はありませんが、賠償の条件が自治体のよって異なりますので予め調べておくことをオススメします。この制度は認知症者・介護者にとって大きな安心に繋がりますので、更に広がっていくことに期待したいです。

認知症サポーターを養成し地域で認知症者に関わっていく

 認知症サポーターは都道府県、市区町村単位で開催された認知症サポーター養成講座を受講することで誰でもなることができます。認知症の症状や病気などの基本知識を学び、認知症者との関わり方について知ってもらいます。講座によっては実体験のロールプレイをするなど面白い試みもあります。受講を終えると認知症サポーターの資格となるオレンジリングが進呈されます。私もサポーターの一員になっています。

認知症サポーターリング

 認知症サポーターの役割は家族や知人に認知症の啓蒙をすることから、認知症者の見守り、傾聴のボランティアをするなど多彩です。現在は認知症介護者が情報交換できるオレンジカフェの企画が多いようです。認知症サポーター数は現在約1200万人と非常に多いです。実際の活動は自主性に任されており、サポーターの活動成果があらわれるのはこれからと思われます。認知症サポーターは社会活動を始める良いきっかけになりますので、サポーター達の活動を援助、後押しできるシステム構築に期待したいです。

 全国の自治体で認知症に対応した条例が続々と増えてきています。国も2019年に「認知症施策推進大綱」をとりまとめ、認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる「共生」「認知症バリアフリー」「予防」を強調しています。これらの理念からどのようなプランが実践されるのか今後の動向に注目したいと思います。